🎹 Clé du Sol

MIDI Performance Data Study

「一定のテンポで弾く」は、
なぜ受からないのか

MIDIデータが示す、コンクール合格者と不合格者の違い。

「とにかく走らないように、テンポを崩さないように」——レッスンでそう伝えている先生は多いと思います。ミスなく、一定のテンポで弾き通すことは、確かに大切な基礎です。ところが、実際のコンクールの合否データを調べた研究は、少し違う景色を見せてくれます。

01 — データの取得方法

MIDIピアノが記録した「本物の演奏データ」

東京大学・京都大学・高知工科大学の研究者と、ピティナ音楽研究所が共同で発表した研究があります(高橋舞・小林未知数・中村栄太・大向一輝、情報処理学会研究報告2024-CH-134、2024年)[1]。

対象は、2023年開催のブルグミュラーコンクール銀座花椿地区です。会場には「Disklavier(ディスクラビア)」という、打鍵・離鍵のタイミングをMIDIデータとして正確に記録できるグランドピアノが使われました。審査員にも事前に説明の上で試弾してもらい、通常のコンクールと同じ条件で審査が行われています[1]。

228人の出場者のうち、ファイナルに進出できた119人を「合格者」、進出できなかった出場者を「不合格者」として、演奏中のテンポの動き方に違いがあるかを調べたのがこの研究です。

大事な前提を一つ。この研究は、生徒の演奏を「模範演奏のテンポ」と比較しているわけではありません。参照しているのは楽譜だけです。楽譜上の拍の位置と、演奏者自身の打鍵タイミングを照合し、その演奏者自身のテンポの動き方を取り出しています。つまり「誰かのお手本にどれだけ近いか」ではなく、「その演奏自体が、音楽的に自然な動きをしているか」を見ている、というところがポイントです。

02 — 分析結果(1)

「一定のテンポ」の方が、実は不合格だった

分析の中心になったのは《すなおな心》(Op. 100-1)という曲です。速度指示は曲の最初の「Allegro moderato」と、15小節目・21小節目の「poco riten.(少し遅く)」しかありません。

ここで、合格者5人・不合格者3人(ミスの数が特に多い出場者を除いた比較)のテンポの動きを比べたところ、次のことが分かりました[1]。

  • 不合格者の演奏は、全体を通してテンポの動きが小さい。速度指示のない部分は、ほぼ一定のテンポで弾かれていました。
  • 合格者の演奏は、速度指示のない5〜8小節でも、フレーズの終わりに向けてテンポを落とす「アーチ状」の動きが見られました。この区間には「だんだん強く(cresc.)」という強弱の指示はありますが、テンポについての指示は何もありません。それでも合格者は、音量の高まりに合わせて7小節目で少し速度を上げ、フレーズが収まる8小節目で自然に速度を落としていました。

研究者は、この違いを次のようにまとめています。「速度変化に関する指示がなくても適切に速度変化を用いた出場者が合格し、ほぼ一定の速度でフレーズのまとまりに欠いた印象を与えた出場者が不合格になったと考えられる」[1]。

「テンポを崩さない」ことと、「テンポを何も動かさない」ことは、実は別の話だということです。

03 — 分析結果(2)

「遅くする指示」への従い方も、曲によって正解が違う

もう一つ、《やさしい花》(Op. 100-10)という別の曲での結果も興味深いところです。この曲には「poco riten.」「poco rall.」という速度を落とす指示が3か所あります。

ここでは、合格者の方がその3か所でより大きくテンポを落としていて、不合格者は遅くなり方が控えめでした[1]。

面白いのは、《すなおな心》とは逆方向の結果になっている点です。《すなおな心》では「遅くしすぎない」演奏が合格に結びついていたのに対し、《やさしい花》では「しっかり遅くする」演奏の方が合格に結びついています。研究者は、この違いを曲想の違い(《やさしい花》の方が全体に穏やかで、繊細なニュアンスを求められる曲であること)から説明しています[1]。

つまり、「rit.があれば必ずこう弾く」という一律の正解はなく、曲ごとに、どのくらいの変化が自然かを見極める必要がある、ということです。この点は、AIによる自動診断がそのまま点数化するには向かない部分でもあります。

04 — 分析結果(3)

ミスがなくても不合格になった理由

もう一つ、意外な発見があります。《やさしい花》の出場者の中に、弾き間違いが1つもないのに不合格になった人がいました[1]。

研究者がこの演奏を詳しく調べたところ、原因は「音の高さ」ではなく「タイミング」にありました。和音を弾く瞬間、右手と左手(あるいは複数の指)の打鍵が、ほんのわずかにズレていたのです。特に、フレーズを締めくくる大事な和音でこのズレが目立っていました[1]。

音を間違えたわけではないので、通常の「ミスの数」を数える評価では見えてきません。それでも、こうした細かなタイミングのズレは、聴いている側の印象には残りやすい、ということが示唆されています。

05 — 研究の限界

この研究をどう受け止めるべきか

ここまで紹介した内容は、実際にはかなり小規模な調査です。詳しく比較されたのは《すなおな心》で合格5人・不合格3人、《やさしい花》で合格4人・不合格2人という人数で、統計的な有意差の検定(p値など)は行われていません。研究者自身も論文の中で「今回の分析で得られた考察は定性的であり、それぞれの分析結果および解釈を定量化して比較することは、今後の課題である」と述べています[1]。また、この研究は査読を経た学術論文ではなく、情報処理学会の研究報告(テクニカルレポート)として公開されたものです。

対象もブルグミュラーコンクールの1地区に限られており、この傾向がすべてのコンクール・すべての曲にそのまま当てはまるとは言い切れません。「テンポを動かせば動かすほど良い」という単純な話ではない、という点も、繰り返しお伝えしておきたいところです。

06 — 指導への応用

レッスンでできること

とはいえ、この研究が示している方向性そのものは、多くの先生方の実感と重なる部分が多いのではないでしょうか。「一定のテンポで正確に」だけを目標にすると、かえって「フレーズのまとまりに欠ける」演奏になりやすい。テンポは、崩さないことよりも、楽譜の構造(フレーズの区切りや強弱の指示)に沿って、必要な場面で自然に動かせるかどうかの方が大切だ、ということです。

ただ、こうした「テンポの動き方」は、耳で聴くだけでは生徒に伝えづらいものでもあります。フレーズの終わりでどれくらいテンポが落ちているか、指示のある場所でどれくらい変化しているかは、Clé du Solの演奏診断で確認できます。生徒本人の演奏のテンポ推移をグラフで見られるほか、模範演奏との強弱(音量)の比較グラフも合わせて確認でき、演奏全体を振り返る手がかりになります。今回ご紹介した研究のような視点でグラフを見返してみると、レッスンでの伝え方のヒントが見つかるかもしれません。

07 — 出典

出典

  • [1]高橋舞・小林未知数・中村栄太・大向一輝「MIDIピアノを用いたピアノコンクールの合格者と不合格者の演奏における拍間隔変化の比較」情報処理学会研究報告 人文科学とコンピュータ(CH)Vol. 2024-CH-134, No. 8, pp. 1–5(2024年2月10日)
    https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/records/232366
    (PDF本体)

テンポの動きも、グラフで確認

生徒本人の演奏のテンポ推移をAIが可視化。模範演奏との強弱(音量)比較も。
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